まちづくりは僕の人生

2015-01-29 15.01.30

2015年1月12日の朝5時。快晴なのにまだ真っ暗。 知事選から一夜明けた朝、「そうだ起業しよう!」 とホテルの狭いベッドから飛び起きた。

当然ながら、なにか椅子を約束してもらって出馬したわけでもなく、 退路を断っての挑戦だったから、負けた直後は、「全く白紙」。そして、落選が全国に伝わった瞬間から、 いろいろな方がメッセージやコメントをくださり、少しは充電して、もっと大きな世界で働くようにと。 ありがたかった。

一方で、自分がやりたいことを考えても、まちづくりのことしか思い浮かばない。考えてみれば、高校生のときに隣町だった西有田町(現・有田町)の町長さんの話に感銘を受けて、クビチョウになろうと決めて、 大学卒業後は総務省に入ったくらい。高槻市出向時も、 武雄市の市長選に挑戦して36歳で最年少市長になったときも、まちづくりをしたい。そのことしか考えていなかった。

そして、肝心な起業の内容。大好きなまちづくりの仕事しかないと思うわけだけど、官僚と政治家しか経験していない自分になにができるのだろうか。珍しく悶々としていたら、こう言われた。

「樋渡さんがこれまでやっていたことは、利益分配。 税金を集めて、あっちやこっちに配分する」
「え? まあ、そりゃ政治家だから、そうだよね」

「誰かが集めてくれた200億円を、毎年振り分けて、道路つくったり、いのしし対策やったり」
「はい、それはまあ」

「せっかく政治家じゃなくなったんだから、これからは誰かが稼いだ利益を配分するんじゃなくて、価値を創造する側に回るのが使命ですよね」

利益分配から価値の創造へ。

視界が開けた。自分の考える価値は何か。

市長時代、僕が目指したのは、とにかく稼ぐ自治体。選ばれる自治体。そうでなければ、 武雄市は財政破綻の一歩手前だったから。やめるべきはやめ、これぞという分野に大胆な投資を行なってきた。病院しかり、 図書館、教育改革しかり。観光、農産物のブランディングもそう。その際、官だけでやることが非効率だと思えば、民とも積極的に手を組んできた。意識したのは組み合わせ。そして目的整合性。形骸化した境界線を守ることは、 もはや無意味。

そして、もうひとつ心がけていたのは、補助金も特区制度も使わないこと。それらが悪いとはいわないが、 一時的に元気になるカンフル剤のようなもの。そんなものを使わなくても、現行の法制度の中で、TSUTAYA と組んだ図書館をつくったり、公教育と塾を組み合わせることができる。もしも「 武雄市の取組は面白いじゃないか」って思ってくださる人がいたとしたら、別の地域で、明日からでも同じことを再現できる。

ひとつの市、ひとつのまちだけが補助金や特区で成功するよりも、誰もが再現可能なかたちで事例を積み上げていくことの方が、よほど地域を強くしていけるし、日本全体のためになる。

そう考えていくと、自分のやりたいことが、はっきりとかたちになっていく気がした。

これからも、まちづくりのために働く。

さまざまな地域で、そのまちの強みを生かして、新たな価値をつくる。

プロジェクトを立ち上げ、志ある人をどんどん巻き込んで、かたちにしていく。
その事例を、全国に展開できるかたちで発信する。

まちづくりのための株式会社を立ち上げることにして、2月2日に は登記を完了。会社の名前は「樋渡社中」。坂本龍馬が「 亀山社中」で日本を洗濯したように、「樋渡社中」で日本を元気にしていきたい。 地方には多くの志ある人たちがいる。まちづくりのために活躍している人もいれば、何かしたいけど、やりかたがわからない、という人も。そんな人たちが集い、 ゆるやかなネットワークみたいにして、 知恵を共有できる場にしたい。そんな意味もある。

まず着手しようと思っているのは3つ。地方創生に関する「ヒト/ モノ/カネ」。地方創生は、利益配分ではなく価値の創造へという哲学だと思う。 この詳細については、近々に改めてブログでご紹介しますね。

とにかく、実行していくこと。議論よりも先に、 かたちにしていくこと。
「Life  is on  musical(人生はミュージカル)」。樋渡社中は、今日から始動します。

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