がばいばあちゃん、お世話になりました

武雄のがばいばあちゃんである永松栄子さんが、享年89歳で、西方浄土に旅立たれました。

市長時代の最初の仕事となったフジテレビドラマ「佐賀のがばいばあちゃん」が正月特番となって盛り上がり、そのまま、最年長アイドルであるGABBAを結成しましたが、僕が一番最初にお願いに伺ったのが、永松さんでした。

あの類い希なる明るい、まさにがばいばあちゃんそのもののキャラクターに加え、長年、武雄市の教育委員を務められただけあって原稿無しで、ユーモア溢れる機転の利くフルスイングのしゃべり。お願いしたとき、齢80を超されていて、最初は、「私で大丈夫ですか!?」と弱気だったんですが、あっという間に、リーダーに。

六本木ヒルズ、全国公演はもとより、ついに上海万博でライブ。観客の中国人が、熱狂する事態に。

僕もステージに立ちましたが、お客さまに対して、永松さん、「日本、佐賀県、武雄市から来ましたがばいばあちゃんのGABBAです。まさか、80歳を越して皆さんの前に立てるとは夢にも思いませんでした。私は、80歳を越してからが、人生一番楽しい。楽しくて仕方が無い。今、私たちの日本と中国は、仲が悪くなっているけど、お互い、良いところを見ましょう。私はそうやって生きてきました。」と。

思えば、10年前の武雄市長選。稲富県議に紹介されて永松さんとお会いしましたが、なぜか、本当に可愛がってくれました。あの当時、官僚上がりの僕はしゃべりが上手くなかったので、永松線、選挙カーに乗り込んで、僕の代わりに喋ってました(笑)。そして、有権者を爆笑の渦に。

また、当選2年後のまさかのリコール騒ぎ。市民病院の民間委譲を争点に出直し選挙に打って出ましたが、ここでもまた永松さんに支えてもらいました。なにせ、強大な医師会に対峙するわけで、いくら僕でも相当弱気になったこともあったんだけど、永松さんにその度に直接励まされました。この励ましの部分は、僕にとっても極めて重要なところで、当時のフジテレビノンフィクションにもその部分をクローズアップして取り上げてもらいました。

今晩、通夜。和尚が法話でいきなり、「永松さんと前市長は手に手を携えて、今の武雄市を作ってくれた。」と。ありがたいやら気恥ずかしいやら。改めて永松さんには感謝します。安らかにお眠りください。

images071117-131013_7920204664_oimgres-1明日(10日)は、生前の約束。私が永松さんの弔事を読みます。万感の思いを込めたいと思います。合掌。images-2imgresimages-1070915-150725_7872501536_o

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